【40年目の超時空要塞マクロス】世代を超えた名曲「ランナー」に思う

超時空要塞マクロス」の放映開始から今年で40年。

 

どうりで歳をとったワケです。

 

バルキリーの滑らかなホバリングに目を奪われてから、かなりの年月が経ちました。

 

そこで懐古厨・抜け忍の出番。

 

節目の年に名曲「ランナー」を味わい、マクロスの世界観を振り返ろうと思います。

 

※全ての画像は©タツノコプロ様からの引用です。

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1番「僕はもう追いかけはしない」

「俺」から「僕」への変遷

70年代後半から、男性主人公の一人称には「」が目立つようになってきました。

 

それまで使われてきた「」を主語にするヒーローたちは、良く言えば熱血&ワイルド、悪く言えばガサツで粗暴なイメージでしたが、時代と供に登場人物のキャラクターも変わり、作品の内容ともマッチしないことから、徐々に「僕」へと移行、傷つきやすく内省的な主人公が増えてきました。

 

この歌詞の「僕」も一条輝のことでしょう。そうなると「」は、自動的にリン・ミンメイになります。

 

どこまで追いかけても手が届かないどころか、誰もが知るアイドルへと成長したリン・ミンメイに、輝は諦めにも似た感情を抱きます。

 

明日の先にあるもの

悲しいかな「今日の次」にも「明日の先」にも何もありません。

 

あるのは、ただただ戦いの日々。その相手のゼントラーディは、星空を埋め尽くす大船団で数々の惑星を滅ぼしてきた戦闘民族。

彼らに目を付けられた地球で、唯一対抗できる兵器はマクロス一隻のみ。終わりの見えない戦いの中で、地球人たちに待つものは「絶望」の二文字だけ。

 

おぼろげな光

この光はギラギラと輝く太陽や、澄んだ夜空に煌めく北斗七星のようなものではありません。輪郭のハッキリしないボヤッとした光です。ですが、マクロスの乗組員と住民たちは、あるかないかの希望の光にすがって明日を迎えるのです。

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2番「僕はもう迷いはしない」

「自分の道」

マクロスは、軍人だけでなく56000人もの民間人も乗せています。

 

その誰にも仕事があり家族があり、それぞれの生き方を全うしています。

 

「僕」の一条輝も、軍人になるべきか、リン・ミンメイとの恋に生きるべきか、その狭間で悩みますが、ロイ・フォッカーや柿崎の死を目の当たりにして決意。

 

戦いに身を投じて民間人を、そしてその一人であるリン・ミンメイを守りぬく。遂にパイロットとしての自覚が芽生えたのです。それが彼にとって「自分の道」でした。

 

明日という日

これは涙腺に響きますね。

 

ただ「明日と言う日」が来ればいい。

 

極限まで追い詰められた人々の最後の願いは「明日」。

 

明日が来れば、何かが変わるかもしれない。希望が見つかるかもしれない。

 

戦禍の中で祈るマクロスの人々と、明日をも知れないウクライナとロシアの人々が重なってしまうのは私だけでしょうか。

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3番「僕はもう止まりはしない」

心の推移

1番「追いかけはしない」→ 2番「迷いはしない」→ 3番「止まりはしない」

 

止まっていると、再び迷ってしまう。だから、前へ前へと走り続けるしかない。1〜3番の歌詞を眺めると、主人公・一条輝の心の推移が見えてきます。

 

見えないゴール

1番「ゴールはまだ見えない」→ 2番「ゴールは遠いけれど」→ 3番「ゴールは見えないけど」

 

同様に1〜3番を読み返すと、依然としてゴールが見えないこともわかります。そもそもゴールが何かも不明。

 

地球人たちは、壮絶な戦いを経て、一旦は平和を取り戻し、ゼントラーディからの移民を受け入れ、生き残った人々と共存を始めます。

 

しかし互いの価値観や人生観の相違から、仲違いは避けられず、常に和解 → 衝突の繰り返し。

 

現在、アメリカやヨーロッパの移民たちにも全く同じ現象が見られます。ですが問題のほとんどは、やはり解決されていません。リアルでも2次元でもゴールは見えないのです。

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マクロスと北欧神話

若干、暗い記事になりましたが、あくまで私の視点。違う方が視聴すれば、また別の解釈が生まれます。その点を踏まえつつ、最後は神話との関連で締めくくります。

マクロスと北欧神話の相似点
・バルキリー ↔ ヴァルキュリア
・巨大なゼントラーディ人 ↔ 北欧神話の巨人族
・ゼントラーディによって滅ぼされた地球 ↔ ラグナロク後の世界

ピンときた方もいそうですが、「マクロスは北欧神話をベースにしている?」と思わざるをえません。

 

例えばヴァルキュリア。彼女たちは北欧神話に登場する女戦士。大柄なゼントラーディ人も、同じく神話に登場する邪悪な巨人族と一致。さらに地球を再建するストーリー至っては、最終戦争・ラグナロクで生き延びた人々が新たに世界を創造する物語と全く同じ。

 

作中でも高度な文明を持つ「プロトカルチャー」と呼ばれる先史民族が「神」のような位置付けで描かれ、ゼントラーディと人類は、プロトカルチャーによって人工的に作られた種族であることが判明。

 

さらに造物主プロトカルチャー × ゼントラーディ × 人類と言う三つ巴の展開に発展したあとは、単なる地球防衛と言う話からも飛躍し、神話的な広がりを見せます。

 

そもそもマクロスの英語表記はMACCROSS。恐らく、MACRO(巨大な、巨視的な)とCROSS(横断する、異種交配する)の造語だと思われ、この単語がストーリー全体のキーワードになっていることを考えれば、全て納得。

マックス(地球人)とミリア(ゼントラーディ)の結婚は非常に象徴的

 

「超時空要塞マクロス」は、造物主たちによって生み出されたゼントラーディと人類が紡ぐ、とてつもなく長いサーガ。

 

そしてその話は、次代へと受けつけ継がれていきます。

「超時空要塞マクロス」のオマージュを散りばめた「マクロスF」

 

私も生きてる限り、そのサーガの行く末を見守って行くつもりです。